四旬節は、キリストの死に注目する大切な期間です。キリストの受難から、キリストに啓示された神様の愛が、私たちに再発見され、福音のより深い理解へと招かれていくことでしょう。またキリストの十字架にある愛を知り、私たちがキリストとの深い愛の関係を結び、彼を信じ、彼の道に喜んで従っていくことが大切です。主を慕い求める皆様がより深いイエス・キリストの黙想へと導かれますように。また十字架の受難と救いの恵みを、より新鮮に、より深くに再発見されていきますように、お祈り申し上げます。

<参考>

<四旬節(Lentレント)>
灰の水曜日から復活祭(イースター)の日曜日までの40日間を指します(ただし、その間の6回の日曜日は除きます)。この期間、信仰者は聖なる心、敬虔に努める心で復活祭を準備し、イエス・キリストの受難と死を思い起こす期間とします。また十字架におけるキリストの犠牲的な愛に倣って、謙遜と悔い改めの期間でもあります。クリスチャンにとって、四旬節はキリストの十字架を黙想し、驚くべき神様の愛を深くに知る大切な期間となるでしょう。

<灰の水曜日(Ash Wednesday)>
四旬節初日は、灰の水曜日と呼ばれています。初代教会が行っていた慣習で、四旬節初日に、罪からの悔い改めのしるしとして、悔い改める人が頭に灰を振りかけることから灰の水曜日と言われます。私たちの教会は、灰を振り掛けることはありませんが、救われた感激を思い、聖なる心をもってこの日を迎え入れたいと願います。

<受難の主日(Passion Sunday)>
四旬節5番目の日曜日は受難の主日として知られています。四旬節最後の2週間となる「受難節(受難の聖節)」の始まりです。この2週間は特にイエス様の受難または最後の晩餐からの主の体験をしのびます。

<受難節(Passiontide)>
受難節は、受難の主日から聖土曜日までの2週間を指します。四旬節最後の2週間です。

<棕櫚の主日(Palm Sunday)>
四旬節第6主日、イースター前の最後の日曜日は棕櫚(しゅろ)の主日と呼ばれます。この日は、イエス様がロバに乗ってエルサレムに入城されたことをしのびます。

<聖週間または受難週(Holy Week / Passion Week)>
棕櫚の主日にはじまる四旬節最後の1週間です。キリストの受難…主が捕えられ、ピラトの裁判にかけられ、十字架にはりつけにされたこと…をしのぶこの期間は、四旬節のクライマックスです。聖週間はキリスト教の1年の中心とも呼ばれます。

<洗足木曜日または聖木曜日(Maundy Thursday/Holy Thursday)>
イースター直前の木曜日、洗足木曜日(Maundy Thursday)は、ラテン語の“mandati”がなまって変化したものです。“命令の“という意味があり、イエス様が最後の晩餐でパンを割き、ぶどう酒を飲んだ際、「私を記念するため、このように行いなさい」と命じられたことによります。洗足木曜日には、最後の晩餐の出来事をしのびます。
共観福音書によれば、最後の晩餐は過越の食事で、ヨハネの記述によると、イエス様が十字架につけられた日は過越の祭りの日でした。また、ヨハネによると、この日はイエス様が弟子たちの足を洗った日でした。

<聖金曜日(Good Friday/Holy Friday)>
イースター直前の金曜日、聖金曜日は、イエス様が十字架にかけられたことをしのぶ日です。イエス様が捕らえられ、裁判にかけられ、苦しみを受け、十字架にはりつけにされるという一連の出来事をしのぶ日です。逆説的ではありますが、この日は十字架の福音を祝う日でもあります。キリストの十字架は失敗ではなく、勝利です。十字架の福音、祝福の知らせ、勝利の知らせが宣言された日、救いがすべての罪人にもたらされました。だからこそ、この日は聖金曜日(Good Friday)とも呼ばれます。

<聖土曜日(Holy Saturday)>
聖土曜日は、イエス様が墓の中で休まれた日です。この日はユダヤ教の安息日でもあります。伝統的に教会はこの日に、キリストのあがないの受難と死を強調し、黙想します。

※補足
 <過越の三日間(Triduum/The Paschal Triduum/The Easter Triduum)>
過越の三日間はイースターの三日間とも呼ばれます。ユダヤ人の1日の定義に則り、日没から日出までを1日と数えることから、洗足木曜日の夜からイースターの夜までです。この3日間はイエス・キリストの受難、死と復活をしのびます。洗足木曜日と聖金曜日、聖土曜日、そしてイースターは、教会暦の頂点です。