2026年04月22日
ダマスコ途上における転覆、サウロからパウロへ
憎しみと殺意に満ちていたサウロが、正午の太陽よりもなお強烈な光の前に打ち倒されたとき、この世の秩序では測り知ることのできない霊的な「転覆」が起こりました。迫害者サウロが主の器なるパウロとして新しく生まれたこの出来事は、人類の歴史における最も偉大な霊的遺産である『ローマ人への手紙』の序章となりました。
画布に注がれる光:敵にさえ向けられる執拗なる愛
巨匠 カラヴァッジョ が描いた『ダマスコ途上の回心』において、倒れたサウロは痛ましいほどに無力です。しかし、その闇を貫いて注がれる光は、最も激しい敵対者でさえ「わたしの選びの器」と呼ばれる主の執拗なる愛にほかなりません。罪の最も深い淵から、栄光に満ちた福音の光へと移されたパウロの生涯は、今日の宣教の現場においても同じいのちの力をもって躍動しています。
自らしもべとなった自由人の告白、「小さき者」の霊性
パウロは自らを「イエス・キリストのしもべ(ドゥーロス)」と呼びました。それは悲惨な束縛ではなく、完全な愛に結ばれて自ら進んでささげる献身でありました。彼はユダヤの王の名である「サウロ」を捨て、「小さき者」を意味する「パウロ」を選び取りました。自らを証明しようとする欲望を退け、主によって満たされたその空白の中から、世界を変える使徒的権威があふれ出たのです。
世をいやす勝利の知らせ、ユアンゲリオン(Euangelion)
福音とは本来、戦いの勝利を告げる喜ばしい知らせを意味します。罪と死の力が打ち砕かれ、キリストが勝利されたというこの宣言は、絶望の時代を呼び覚ます解放のことばです。日本宣教という霊的戦いのただ中にあって、状況に埋没することなく、この勝利の知らせを携えて走ることこそ、今を生きる私たちに与えられた召しです。
聖なるとどまり、共同体の神秘
この世の効率や成果にまさって、主の御足もとにとどまる「聖なる時」を尊びましょう。パウロのそばにアナニアとバルナバがいたように、私たちも信仰の共同体の中で互いに霊的な結びつきとなるとき、この時代を呼び覚ますパウロとして新たにされていきます。私たちすべてがキリストのしもべであることを覚え、福音の勝利の知らせを地の果てに至るまで響かせる者となることを願ってやみません。
本コラムは、日本オリベットアッセンブリー(Olivet Assembly Japan)公式ホームページの内容を要約・抜粋したものです。
パウロの回心と福音の本質に関する、さらに深く豊かな神学的洞察をご覧になりたい方は、下記の公式サイトをご参照ください。
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